2022年まで藤原龍男市長と田中学市議に守られていた貝塚市

岸和田も貝塚も市民運動はありません。
南大阪であるのは、堺ぐらいです。

貝塚でも岸和田でも、堺のように市民が行動して、候補の勝手連的に選挙支援を行うこともありませんでした。
それでも貝塚が岸和田よりも住民に配慮されているのは、2022年まで藤原龍男市長と、田中学市議のようにおかしいことはおかしいと言い、市民のために役場や議会の慣例をも変えていく政治家がいたからです。

藤原市長のように「趣味は貝塚市」と公言し、ほぼ休みなく12年間市民のために、市民のそばに言って話を聞き、市政に生かす市長は稀有です。
同様に、市民のために、国から何十億何百億という補助金をとってきて、貝塚市の予算に貢献してきた田中学市議も珍しい存在です。
貝塚市民は、そんな市長や議員に恵まれたと言うしかありません。

これは市民が育てたわけではなく、両輪として偶然にも貝塚市で実現されたものです。

岸和田でも私の存在は偶然です。
岸和田の市民運動の中から、市民に推されて出てわけではない。
だからこそ議会での議会での活躍に時間がかかっていますが、市民としても、南大阪の行政や議会を改善してきた実績を、それを上回る改善をしてきたと言える議員はいません。

私は、私の議会での活躍という当選後の話ではなく、私が去った後にも民主主義が作り続けられるような南大阪ではならないと考えています。
そのためには、市民が立ち上がってもらわねば、政治家が代わるだけで、すぐに住民サービスなどは低下しますが、住みよい市への方向へ向けるのには落とすよりも倍以上の時間がかかり、そのうちに住民は大阪市や北摂、他府県へ逃避し、ゴーストタウンとなると危惧しています。

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