4.2岸和田市議会臨時会 賛否の討論

なぜ採決だけは各議員がコーヘーに寝たのか、理解に苦しむが、こんな臨時会を府議選最中に招集し、維新を利する行為に及んだ永野耕平(維新)市長への怒りは、全議員が腹に据えかねていたとわかる討論であった。


臨時会開催の件で、3月25日に開かれた幹事長会議の席上でも、今回賛成に寝た公明の米田貴志氏と井上博(改革)の二人が怒りをあらわにしていた。
「市議になってもええ話もなく儲からんやん、せっかく不動産屋で儲からん補填しようと思う撮ったのに・・・もう辞めや」と、1期でトンズラするのに賛成脱糞で議会を汚す金子拓矢(刷新)市議をはじめ、以下に記す他の幹事長も腹の底では怒っていたと思われる。


池内矢一(自民)、河合馨 (創生)、井舎英生(新生)


市議選挙直前、府議選のさなかでの臨時招集で、討論案作成の時間もない中、あえて賛成討論をし、その中にコーヘー批判を盛り込まざるを得なかった議会の怒りがどれほど異常なことか。
しかも、私のような維新やコーヘーを犯罪者、無脳として批判する者ではなく、いつもは奴隷として賛同しているような議員らもこぞって怒りを議会で公式に顕在化しているところに、いかにコーヘーが岸和田市にとって害悪であると議会が思い続けているか、
その怒りのにじみ出た臭気を、私の速記から感じ取ってもらいたい。


反対討論
中井良介(共産)市議
政策態勢と執行を市長に委ねることに、議会は12月・3月と2度反対した。
この年度のかかりの時期に、また変更するのか?
議会を臨時招集せねばならないような事態になったことは、市長に責任がある。


市政運営のあり方が問題だ。
市民への説明、意見聴取は手付かずで、理解の場はなく、「市長が決めたからそれに従え」とするのは、議会を貶める。



賛成討論
1.金子市議
今回の議案で、何をしているのかわかりやすくなり、3月議会では賛成した。


臨時会の招集について、何度も否決になったのは問題。
議会や意見の異なる議員との対話、情報収集を怠った。
このざまでは“素早い行政運営”を望めない。
対応についても、職員の手間や費用がかかり、市長の自己満足以外の何物でもない。
政策調整や決定会議などもなく、筋も通っていない。
それなのに審議をし、思慮に欠ける。


議会は市長に扉を開いている。
しかし、市長はそこに踏み込む勇気がない。


市長には、議会をも共鳴させるリーダーであって欲しい。


(たかひら注:
金子氏が賛成したのは、「市長公室」のわかりにくい部署名が「総合政策部」と変わったからとか。
そんな永野奴隷根性を、少しでもごまかすために、こじつけ発言するしかなかった金子氏は、今期で引退する市議である。
そんな「議会などどう~なってもええわ」とばかりにトンズラする議員からも怒りを買うのは、コーヘーの行いが並大抵のことではない証拠だ。


ちなみにこの金子氏はネトウヨである。
しかし、議会では、コーヘー以外の誰も壇上に上がる際、ヒノマルに礼をする者はいない。
自分で賛成しておいて、礼を失するようなら、ヒノマルを掲げながら邪険にしているということであり、議会に設置し続けること自体が無礼な行為だと理由もなく請願した日本会議下請けの青年会議所やネトウヨらは、議員を糾弾すべきではないのか?)



2.米田市議
今回の議案では、公明の求めていた修正がなされているので、賛成である。
しかし、この修正は3月議会前に提示しており、修正がなされねば公明は賛成できないと説明していたにもかかわらず、その修正を頑として市長は聞き入れなかった。


“スピード感”を逆行させているのは市長である。


(たかひら注:
よほど寝かされることに怒り心頭であったのであろうか?
それとも今回の選挙で垣見府議から禅譲を受ける府議の席に対して、邪魔を仕掛けてきたコーヘーへの怒りなのかは不明だが、兎にも角にも公明も怒っていた。


というか、怒っていたのは米田氏のみであり、公明市議団を牛耳る垣見府議からは「黙って賛成せよ」との指令が出ていたと言う。
それにもかかわらず、米田氏がコーヘー批判を盛り込んだ討論を行ったのは、個人的な怒りからだろう。
それは「お前の言う通り寝てやっているのに、TWでおれのことを書きやがって! 
公明は公認料として、議員報酬の3~5割を党に上納しとるんじゃい! 
それを知っていながら、議員報酬の3割カットを求めてきやがって! 
そんなことをしたら俺の報酬、6割カットになるやないか! 
せっかく大東市から泉州の創価学会を束ねる郡一家の妻と一緒になって、議員にさせてもろうて、隣に家までこ買うて苦節12年、早起きして駅立ちしたからこそ、次の府議へのレールも敷かれて、ボロの軽4からもおさらばできるっちゅー時に、ケチつけてくんな!」との心の底からの怒りだろう)



このように、各議員の思惑によるものではあろうが、コーヘーは市長として議会で公然と批判を受けるに至った。


この間、私はコーヘーの表情を注視していた。
反対討論まではふてくされた表情、賛成討論からは無表情となる。
こんな顔を見たことがあるなと記憶を辿れば、岸和田駅前ヤノコーポレーション出張所と化していた西田武史市長選挙事務所にご質問に伺った際、ヤノ代理人として事務所で忠誠を誓い続けながらも副市長になれなかった京西且哲(刷新)市議が、私に「そんな質問せんとってぇなぁ~」と懇願せんばかりに向け続けた、あの能面のような表情と酷似していた。


京西表情以前は、ジャッキー=チェンの『少林寺木人拳』に登場し、少林寺下山のために戦い、勝つことが条件となった「木人」という木製のからくり人形を、無表情の比喩として使っていたのだが、コーヘー表情は生気もなく、むしろこちらに例えた方が的確だとも感じた。


木人は、ただの木である。
心などあるはずがない。


それはいみじくも維新議員が私に言った「耕平には心がない」との言葉と被るのだった。


そんな市長であるからこそ、永野市政で岸和田市民はますます苦しい思いをさせられ続ける。
一刻も早くこの犯罪者でなく、市民の声を聞く市長と交代させねば、役所や議会でなく、何より市民こそが最大の犠牲者となり続けるのである。



全議員が退場した後、コーヘーは議会内でのそれよりもひときわ大きなため息をつき、その音は10m以上離れた傍聴席の私にも十分伝わってきた。

ため息を連発したいのはコーヘーではなく市民の方だとの想像力さえない市長とは存在価値があるのか、職員提案を市長抜きで議会で審議したほうがよほどマシではないかと考えつつ帰路についた。

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