父鬼トンネル5000 その1 神谷昇氏の急所で儲け残った反甫旭(自民)市議

「総裁選、誰に入れたん?」

「秘密・・・小泉進次郎と同じです」

「彼は前回、投票後に『石破』と言うてるがな。 (今回も投票前の昼頃『石破』と表明)」


そもそも埴輪か土偶かって、自分の顔をよぅ進次郎氏と重ね合わせられたものだ。

「進次郎」と呼び捨てにしたのも、ライバル視してるってことか・・・・


閉庁近い時間に、自民党控室で、夕方のワイドショー(確か8chの『報道ランナー』ではなかったか?)を一人で見ていた彼を訪ね、退席する際のエピソードだ。


表情の貧困な彼の顔を、土人形に例えたが、それは土と顔の色が似ているだけではなく、直視し続けるのは辛い点でもあった。

大事なことは喋らずに、曖昧な相づちを繰り返す。

否定するも肯定するも同じ地獄ならば、平生の無表情で相槌のみを打つのが得策だと彼が考えたかは定かではない。


「受付でアポを取ってから来てください」

TV前のソファーに座る彼を、開いた控室の扉の外から視認し、「いけるか?」と声をかけ、「座るで」とソファーの対面に腰を下ろした際にも、彼は拒否をしなかった。

「来客や仕事をしていれば、遠慮したわい。 一人でTV見とったんやから、問題ないやろ」


その後、冒頭の総裁選の話を振ってきたのは、彼の方だった。


ソファーでの15分ほどの間には、観覧席の話も12月議会のネタとして進呈する場面もあった。

「市の看板事業みたいなもんやから、事業に関わらずとも、監査名目でチェックに入らなアカンわな。 これ、次の議会で言うたら、点数稼ぎになるで」

「市民の意見として、聞いときます」


会話のキャッチボールもできないほど、情報も知識も持たない身で夕方を迎えれば、考えることといえば「今日の晩飯何やろな。 どこに飲みに行ったろか」程度だと、その返答が示していた。


彼に訊いてみたのは

杉本太平(自民 和泉)府議と、18区の4市1町(和泉、高石、泉大津、岸和田、忠岡町)の支部長を口説き落として、神谷昇(自民)衆議員降ろしをやっとるようやが、泉大津の支部長を納得させられるんかいな? 情の人を動かすだけの知恵など持たんやろ?」。

「そうなんですか?」

「自分のやってることは覚えてるやろ。 こっちは支部長から聞いとるんやで。 もっとうまい言い訳したらどう?」


最近私が「沈黙は金、饒舌は銀」と書いていることを知っているのか、彼も金となろうとしているように見えた。

あ、彼は私のブログを「見てない」と言うているのだったか。


彼の名は反甫旭

自民党の岸和田市議で、地元支部長でもある。


支部長として府議候補選定もできているのやらいないのやら、9月祭礼終了後にも未だに来春の統一地方選挙候補のポスターどころか発表すらできていないのでは、“棚ボタ”支部長と呼ばれても仕方がなかろう。


そんな彼が、一躍脚光を浴びる場面が来たのは、百条委員会。

特に2回目の神谷ワンダーランドのキーマンであったが、証人喚問脚本家としてもデビューを遅らせている。

そこを突けば、どのような“制裁”が待ち受けるかと考えれば、1期目の新人議員がとりうる方法は、見て見ぬフリしかなった。



これは神谷氏の浪人時代の看板と、選挙応援に贈られたオール阪神氏からの胡蝶蘭である。


銭でつないだ二人については、「オール阪神250」で書いた。

この写真が示すのは、“もらった銭に見合わないお返し”ではない。


神谷氏の肩書だ。

二階俊博氏が会長を務める志獅会の参与として、神谷氏はただの浪人ではなく、スーパーヒトシ君バリにブラフを効かせ、その看板こそが「俺の声は二階の声」として、忖度をせよとの刃を突きつけていた。


信貴芳則・市長候補の自民推薦を決めたのは、大阪府連の力ではない。

二階傀儡としての神谷氏であった。


これは私も見誤っていた。

大阪府連本部と言えば、中山家の息が十分行き届いた組織でもある。

中山家の家訓は、

「銭を受け取るな、銭に汚いことはするな」

であり、中山家の目の届かないように汚れ仕事は、日田孝志氏(ヤノコーポレーション専務)や、京西且哲氏(岸和田市議)のような秘書が行い、その利権が彼らを育てて来たのだった。


日田、京西と言えば、中山家のもう一つの家訓である「受けた恩は倍返せ、裏切られたら3倍返ししろ」を地で行くコンビ芸として、太郎氏の名簿を盗んだ公設第1秘書、京西氏に包帯グルグル巻で「3倍返し」したのが日田氏だと知られている。


とは言え、こんにちの府連重鎮である中山泰秀・衆議員もまたボンボンらしく、泥臭い話を嫌う性分である。

200万円を山分けすることもなかっただろう。

そして、それを反面教師として市議・府議・泉大津市長と、南出賢一・泉大津市長が後追いを熱望している政治家のゴールデンロード上の歩を進めるたびに銭の汚さを身に着けた神谷氏にとっては、そのような発想すらなかったのではないか。


そんな神谷氏にとどめを刺すネタを反甫氏は持っていたのだ。

しかし、それは百条委員会では使われなかった。

政治家としての取引ネタとして使うつもりだったのだろうか?


しかし、もう遅い。

「そのネタ、いただきます」

との、宣言をしておこう。


個人の利得のためではなく、民主主義のために神谷氏の首は使わせていただきます、と。


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