産経のデマ記事謝罪と、デマこそが広がる風潮。 だが、これに打ち勝たねば!

沖縄蔑視デマを流し続けている捏造新聞こと産経新聞が自身が撒いたデマを謝罪している。

より抜粋。
   産経新聞は17年12月9日配信ニュースで、沖縄県で1日に自動車6台の多重事故が発生した際、在沖縄海兵隊員が日本人を救助した後に後続の自動車にひかれて意識不明の重体となったと報じ、沖縄の2紙が触れなかったことについて

    「米軍の善行には知らぬ存ぜぬを決め込むのが、琉球新報、沖縄タイムスの2紙を筆頭とする沖縄メディアの習性である」

    「『報道しない自由』を盾にこれからも無視を続けるようなら、メディア、報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」

   などと批判を繰り広げていた。この時、米軍へは取材し、「別の運転手が助けを必要としているときに救ったトルヒーヨ曹長の行動は、われわれ海兵隊の価値を体現したものだ」との回答を得ていたものの、沖縄県警察への取材は行っていなかったという。

   しかし、それを受けて沖縄タイムスと琉球新報は、米軍、県警ともに、軍人が日本人を救助したという事実は確認しておらず、事故に遭った日本人男性も「日本人2人に救助された」と話しているとする反論記事を掲載し、産経新聞の取材不足を指摘した。

   こうした指摘を受けて産経新聞は18年2月8日、報道の検証記事を配信し、

    「昨年12月1日に沖縄県沖縄市で発生した車6台の多重事故をめぐる本紙とインターネットサイト『産経ニュース』の報道を検証した結果、米海兵隊への取材は行ったものの沖縄県警への取材を怠るなど事実関係の確認作業が不十分であったことが判明しました。さらに、記事中に琉球新報、沖縄タイムスに対する行き過ぎた表現があったにもかかわらず、社内で十分なチェックを受けずに産経ニュースに配信、掲載されました。
     こうした事態を真摯(しんし)に受け止め、再発防止のため記者教育をさらに徹底するとともに、出稿体制を見直し、記事の信頼性向上に努めていく所存です。
     事故にあわれた関係者、琉球新報、沖縄タイムス、読者のみなさまに深くおわびします」

とコメントし、全面的に謝罪した。
(引用ここまで)

デマを書きなぐることにかけてはプロ級な、百田尚樹氏なる妄想書き手などが売れている。
この者のデマ性は、故・やしきたかじん氏も墓場から這い出て怒るだろう捏造図書『殉愛』でも、
「裁判となれば、今まで言わなかったこと、本には敢えて書かなかったいろんな証拠を、すべて法廷に提出する。 一番おぞましい人間は誰か、真実はどこにあるか、すべて明らかになる。世間はびっくりするぞ」とTWしながら、
びっくりしたのは法廷で失笑をかった百田氏自身であり、そのデマ性についても365万円をたかじん氏の娘に支払う東京高裁判決確定で開花している。

そんなデマ書き手こそが売れていることこそ、社会の不幸である。

それを下支えしてきた産経については、産経の思想の根幹である「日本軍加害はなかった、日本だけマンセー」についてのデマ性も検証してきたところである。





の・ようなものな皆様の成果↓



これだけのデマが法廷などでも、デマ認定されているのに、なおも続々と新デマが飛び出し続けるのは、キチンと反論ができていないからだ。


デマは、それを根拠として、人々を傷つける。
そんなデマに乗った奴らは、次に自分のネトウヨ志向に合致しない人々が、被害者であっても攻撃を始める。

2月10日付毎日新聞は、
佐賀県神埼市で5日に起きた自衛隊ヘリ墜落事故で、家を失った住人がネット上で罵声を浴びている。沖縄で相次いでいる米軍ヘリの不時着や部品落下の事故では「それで何人死んだんだ!」と国会でやじが飛んだ。基地のそばで不安を抱えて生きる人びとへの想像力が、失われかけていないか。
と書く。

まさに想像力のかけらもない。

こんな時代であるからこそ、手間のかかる検証こそが大事だ。
以下の藻谷氏のように、デマやイメージにこそ打ち勝って、事実を発信していかねばならない。
特に地域の話などは、メディアが追わない。

岸和田の闇は深く、永野新市長は維新、大阪府ともども不都合な真実にはフタをする作戦である。
私だけであっても、そうであるからこそ、事実を発信していかねばならない。

で藻谷氏は、
「日本は2016年、中国(+香港)から3兆円の経常収支黒字を稼いだ」がデマ扱いされていることを嘆く。
世間の“イメージ”である「日本経済は中国に圧倒されている」こそが間違っているのに、信じて疑わない人々が、大手メディアなどにもいると言うのだ。

藻谷氏はその根拠を示す。
香「港は中国の主要貿易港の一つであり、日本から中国へ輸出する製品の相当数が香港経由だ。だから対中と対香港の収支を足さないと実態は分からない。
16年は、日本の経常収支黒字の最大の源泉は米国、2番目が中国であり、国内総生産(GDP)世界3大国の中では日本が独り勝ちだ。さらに日本は、韓国、台湾、英国、ドイツなどからも、大枚の黒字を稼ぎ出している。」

そして名護だ。
〈稲嶺市長の経済手腕がないようなイメージで落選してしまったが、そんなことはない。
同市の人口増加率(10年→15年、国勢調査準拠)は、人口5万人以上の全国522市町の中で上から64番目、3大都市圏を除いた296市町の中では22番目であり、「これが“不振”なら“活性化”とは何か」と聞きたくなる。
人口増加の原動力は、沖縄県内最大級のリゾートホテル集積であり、米軍基地の市内での増強は、こうした滞在型観光地としての経済活性化の未来に真正面から水を差すものである。  

付け加えれば、新設予定の海上滑走路は大地震の巣・沖縄トラフに正対する。「津波リスクのある沖縄東岸の洋上に、軍用滑走路を設けるのは無謀だ」と指摘しているのは筆者だけではないが、なぜか大きな話題になったことがない。航空自衛隊松島基地の航空機28機が、東日本大震災の津波で失われたという事実も、「辺野古沖が最適」という根拠不明の“イメージ”の前に、すっかり忘れられてしまっている。〉





参考:
より

 タレントの故やしきたかじんさんの闘病生活を描いた作家百田尚樹氏の書籍「殉愛」をめぐり、やしきさんの長女が名誉を傷つけられたなどとして、発行元の幻冬舎(東京)に損害賠償などを求めた訴訟は、365万円の支払いを命じた2審東京高裁判決が確定した。最高裁第1小法廷(山口厚裁判長)が21日付で、幻冬舎側の上告を受理しない決定をした。


 1審東京地裁は、やしきさんをしのぶ会で、長女らしき人物がやじを飛ばしたとする記載について、真実ではなく、名誉毀損に当たると認定。330万円の支払いを命じた。2審東京高裁は別の記述によるプライバシー侵害もあったとして、賠償額を35万円増やした。1、2審とも出版差し止めは認めなかった。





陸自ヘリ墜落:事故の被害者に心ない非難 沖縄の米軍機トラブルでは冷酷な失言も - 毎日新聞
2018年2月10日 【福永方人、和田浩幸/統合デジタル取材センター】
https://mainichi.jp/articles/20180210/mog/00m/040/010000c

より

 「許せないとか何様」「イースター島にでも越しとけ」

 自衛隊ヘリが墜落した際、家に一人でいた11歳の女児は軽傷で奇跡的に難を逃れた。翌日、父親の「許せないですよね」というコメントが新聞で報じられると、ツイッター上に非難の投稿があふれた。

<は? 許せないとか何様? 墜落して亡くなった隊員の事考えねーのかよ>

<わざと落ちた訳じゃないと思うし許せないの意味が分からん>

<わからんでもないが死ななかっただけいいじゃないか>

<「許せないですよね」じゃねーよ。イースター島にでも越しとけ>

<平和ボケも過ぎたものだ まずは国のために死んでしまった人を追悼でしょ>

 これらを批判する声も投稿されている。

<人の心 はないのか?>

<自分の家に落ちてきても、同じことが言えるのか>

 中には、有事の際に批判が封殺される可能性を示唆する意味深長な投稿もある。

<時の権力者の判断で自衛隊員の生命が失われるような事案が起こっても、自衛隊員が死んでいるんだぞ、自衛隊批判とは何事か、黙れ、と言われるんだろう>
亡くなる間際に「ハトポッポ」

 戦後、本土でも沖縄でも軍用機墜落に巻き込まれ住民が死亡した例は多数ある。

 横浜市で1977年9月27日、米軍厚木基地を離陸した偵察機が住宅地に墜落した事故では、土志田(どしだ)和枝さん(事故当時26歳)と3歳の長男裕一郎ちゃん、1歳の次男康弘ちゃんの母子3人が自宅で全身やけどを負い、子供2人は間もなく死 亡。和枝さんも治療の末、4年4カ月後に亡くなった。偵察機の乗員2人はパラシュートで脱出して無事だった。

 「お水をちょうだい。ジュースをちょうだい」。裕一郎ちゃんは全身に包帯が巻かれ、病院のベッドで苦痛を訴え続けたが、次第に衰弱。最後に声を振り絞って「バイバイ」と言い、息を引き取った。同じ病院で治療を受けていた康弘ちゃんも、家族の懸命の呼びかけに口をかすかに動かした。「ポッポッポー、ハトポッポー」。お風呂で父親に教わったばかりの童謡。間もなく兄の後を追った。

 母の和枝さんは一命を取りとめたが、皮膚移植手術は60回を超えた。治療に専念してもらう配慮から1年4カ月間、子供たちの死を知らされなかった。「心配でいても立ってもいられない」 。当時の和枝さんの日記には、この世にもういない息子たちを案じる思いがつづられていたという。

 横浜市中区の「港の見える丘公園」に、母が2人の子を抱く「愛の母子像」がある。和枝さんの死から3年後の85年、父勇さんが市に掛け合って設置された。
黒焦げの児童を長いすで運ぶ

 米軍基地の集中する沖縄で数々起きている住民巻き添え事故の中でも、とりわけ悲惨な記憶として語り継がれているのが、本土復帰前の59年6月30日、石川市(現うるま市)の宮森小学校に戦闘機が墜落した事故だ。児童11人を含む17人が死亡し、210人が重軽傷を負った。

 ミルク給食の時間中だった。

 「爆発のような衝撃音とともに校舎が大地震のように揺れ、間もなく炎と黒い 煙が立ち上りました。校内は蜂の巣をつついたようなパニック状態になり、黒焦げになった男の子が長いすに乗せられて運ばれていきました」。事故当時、同校の5年生だった佐次田満(さしだ・みつる)さん(69)=うるま市=は、事故から約60年たった今もなお、惨状が目に焼き付いているという。

 宮森小の事故を伝える活動に取り組むNPO法人「石川・宮森630会」会長の久高政治(くだか・まさはる)さん(69)は言う。「事故の遺族や目撃者は今も6月30日が近づくと動悸(どうき)で眠れなくなる。60年たっても恐ろしさにおののいています」
沖縄ではあわや大惨事の連続

 沖縄では近年、米軍機の事故やトラブルが頻発している。

 2016年12月に名護市沖で 垂直離着陸輸送機オスプレイが落下し大破した。17年10月には東村の牧草地にヘリが不時着して炎上。その2カ月後の12月には、宜野湾市の普天間第二小学校の校庭にヘリの窓枠(約90センチ四方、重さ約7・7キロ)が落下した。今年に入ってからも、すでに3件のヘリ不時着が起きている。

 住民に死傷者は出ていないが、名護市沖でオスプレイが大破した現場は集落まで約800メートルの距離だった。窓枠が落下した際には校庭に約60人の児童がおり、一番近くの児童との距離はわずか約10メートル。一歩間違えれば大惨事になりかねなかった。

 さらに今年2月9日、うるま市伊計島の大泊ビーチで、オスプレイの部品が海に浮いているのが見つかった。右エンジン空気取り入れ口 のカバー(カーボン製)で、縦約70センチ、横約1メートル、幅約65センチで重さは13キロ。ビーチで清掃活動をしていた男性が見つけ、日本側への報告はなかったという。

 「それで何人死んだんだ!」という国会でのやじの主は松本文明副内閣相だ。1月25日の衆院本会議で、共産党の志位和夫委員長が代表質問をしている最中だった。2015年10月~16年8月には副内閣相として沖縄・北方問題も担当していた。

 松本氏は翌26日、安倍晋三首相に「誤解を招く発言でご迷惑をかけています」と陳謝し、副内閣相を辞任した。だが、内実は首相と菅義偉官房長官が協議し更迭を決めたとされる。松本氏の事務所は毎日新聞の取材に「コメントすることはない」としている。
失言 史上で例を見ない冷酷さ

 やじは、裏返せば「誰も死んでいないので問題ではない」とも受け取れる。

 「救いようがない。その冷酷さは政治家の失言史に残る」。松本氏のやじをこう表現するのは、政治評論家の森田実さんだ。辞表を出させる体裁をとった政府についても、森田さんは「少なくとも辞任を認めるのではなく、罷免すべきだった。対応が甘い」と指摘する。「昔なら議員辞職に至ったはずだが、自民党内からの怒りの声が少なく、そうなっていないことがまた深刻です」

 横浜市で墜落事故を語り継ぐ活動を続けている同市緑区の斎藤真弘さん(76)は、やじについて「ショックを受けています」と話す。「過去の死亡事故について認識がなかったのなら国会議員としていかがな ものかと思うし、認識があった上での発言ならもっと問題です」

 沖縄・宮森小の墜落事故を生き延びた佐次田さんも言う。「沖縄担当を務めた人の発言とは思えず、怒りを通り越して開いた口がふさがらない。国会議員失格でしょう」。そしてこう続けた。「宮森小の事故の後も米軍機墜落で多くの沖縄県民が亡くなっている。本土復帰から40年以上たちましたが、基地が集中し、米軍機が頭上を飛び交う危険な状況は変わっていません。このことをきちんと理解している政治家が、本土にはどれだけいるのでしょうか」

 宮森小の悲劇を語り継ぐ久高さんも「米軍機が墜落するかもしれない恐怖の中で暮らす人たちの気持ちを考えてほしい」と話す。墜落事故被害者へのツイッター上の非難や、国会 でのやじには、そんな人びとへの想像力、共感が決定的に欠けている。久高さんはそう思えてならない。


この記事へのコメント