日田孝志・ヤノコーポレーション専務による、記者会見の背景。 VIVA朝日新聞

前回書いた、日田孝志氏による、猿芝居。

選挙結果が出た翌朝10時に、岸和田天神宮で、内部告発的な自爆ねずみ花火によるもので、面白みのあるネタではないが、メディアはやたら取材対象としているので、書いてみる。

表題の通り、これまでも“汚れ役”として、役所でも強面な日田氏と共に筆を執り、絵を描いたのは、朝日新聞の50代遊軍記者と見える。

会場を押さえたのは、部屋代負担も含めて、関空記者クラブ。
岸和田の管轄だから当然だって?
在阪TV各局も飛びついたんだから、大ネタじゃないの?
ならば、府庁記者クラブが出張ってくるようなもんだが、なぜか支局がお膳立て。

幹事社は、朝日新聞。

よくできた取り合わせだね(但し、会場を押さえたのは、別の新聞社とも言われるので、ダイレクトな関係とは言えないかもしれないが・・・)。

日田氏と親交のある記者の新聞社じゃないの。
なぜかしらね?

そして、27日朝刊でこのネタを取り上げたのも、朝日(と産経)。
いずれも署名記事じゃないね。
記者名が書けない理由があるのかね?

選挙前からこのネタは当然暖められており、西田落選を契機にビックリ箱から飛び出したネタ。
それは、信貴陣営にも記事になる前から知られていた。
朝日の取材も事前に受けているからね。
産経記者からも教えてもらっていただろう。

だからこそ、産経記事には、信貴愛を感じるように感じるのは、私の穿った見方か?
複数の記者も、そのように読めるようだけど。


自民系政治家と産経が仲良しなのは、整合性がある。
権力監視ができているのかとも言えるが、安倍友以外の政治家や公務員切りは、産経の得意技だから、私の思い違いかしら?

しかし、土建屋が朝日新聞と相思相愛では、違和感がある。
現実には、ハシシタ氏好きな朝日新聞だから、新自由主義マンセーと話が合うのかもしれないけれど・・・・

ところで、日田氏と言えば、池尻にあるリハビリの吉川病院前にある3F建ての空きビルとなっている日田重機が思い出される。
山手隣は、日田氏の家だしね。

親から受け継ぎながら、2008年2月8日には破産手続きが、大阪地裁岸和田支部で開始され、2010年8月4日には破産手続き集結。
1973年設立以来、40年足らずで寿命を終えている。

日田氏個人で言えば、ヤノコーポレーションの前身である矢野組工業役員に、日田重機破産の1週間前2008年2月1日に就任し、
ヤノコーポレーション専務としては、2010年10月20日に就任している。

日田重機と同じく1973年設立の矢野組工業は、2009年6月30日に解散するも、7月21日には、清算中の株式会社に清算の遂行に著しい支障をきたす事情がある場合または債務超過の疑いがあると見られ,裁判所の監督下において行われる特別清算手続が開始され、2011年1月11日、めでたく特別清算が集結している。

赤字会社は閉鎖して、新会社へと移行ねぇ・・・

本題はそこではない。
こっちだ。

日田重機.JPG
よく見てほしいのは、「公告をする方法」。
通常は、「官報に掲載する」だが、日田重機では、「大阪市内に於て発行する朝日新聞に掲載してする」とある。
新聞と言えば、日本経済新聞でしょ!
なぜ経済新聞でもない朝日に掲載するのか?

そもそも広告料金が100万円以上はする日刊紙なんて選択するのは、大企業だけだし、それも日経を選択する。

資本金が3600万円で、家族経営な日田重機が、官報と比べて料金の桁が2つ分違う日刊紙の、しかも朝日を選択する理由は何だ?

このように、日田氏と朝日新聞の関係は、周辺事情からも、親交の深さが伺えるね。
それとも入試の受験勉強用かしら?


追記:
複数メディアからの情報によれば、この日田“猿芝居”会見、池尻町、吉川病院前の日田重機山隣にある日田自宅への取材と、矢野繁和氏への取材は固くお断りしますって条件で、始められた。
それでも日田自宅に行ったメディアがあるのだが、やはり取材は断られている。

喫茶店など、別の場所での後日取材は受けているのでトンズラではないにせよ、「汚れ役」な裏から出てきて表の顔となった以上、半公人であり、「家に来んといて!」など、泣き言をよぉ言うわ。

その程度すらも腹を括られんのに、表に出てくるなよ。
京西氏ら西田一座の面々同様、日田氏もやはり恥ずかしい人物だと化けの皮が又剥がれたね。

「密着取材は、絵を描いて協力もしてもらっている、朝日の記者だけに限る!」
とでも、家に貼っておけばどうかしら?


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